サイトハウンドについてまじめに考えるブログ
2006.10.11.Wed スムース・サルーキー 2

アメリカでのスムース・サルーキーの歴史は40年代にまでさかのぼる。
40年代の終わりに二頭の母子スムース・サルーキーがチャンピオンになっており、母犬Lady Yeled Sarona Ramullah はアラブのイブン・サウド王からイギリスの元帥ヘンリー・M・ウィルソン候に贈られたシリアの砂漠地帯で生まれたサルーキーであった。

その後再びスムース・サルーキーへの関心が起こるまで実に四半世紀が費やされ、70年代に入ってSedeki Talataの仔であるSedeki DunishkとGhaza(ハワイで最初のスムース・サルーキー)、そしてTalataの最初の仔でスウェーデンに渡り北欧スムース・サルーキーの基盤となったSedeki Taniの仔Azadi ZanabdeがアメリカのSrinagar犬舎に入りアメリカのスムース・サルーキー・ブリードに多大なる影響を与えた。

一方、オーストラリアでのスムース・サルーキーの歴史は73年にNishapur犬舎がイギリスのMazuri犬舎から譲り受けたオスのMazuri Mejim of SedekiとメスのSedeki Esteから始まった。
その後アメリカ・カナダを経てTalataの子孫が輸入され、オーストラリア生まれのスムース・サルーキーチャンピオンとしてBaghdad Desert Dreamerとその異父兄弟であるBaghdad Desert Descendantが生み出された。

さて、ドイツのスムース・サルーキーの歴史は80年代後半になってSawahin犬舎がアメリカから輸入したZahra Du Zada of Conamorに始まり、この犬の持つずば抜けた成績にこれまでスムース・サルーキーに不慣れであったドイツのサルーキー社会は度肝を抜かれ、そしてようやくスムースタイプを好んで受け入れるようになった。
88年にこのZaharaからドイツ最初のスムース・サルーキー・ブリードが始まって以来、途中でポーランド在住のイギリス人ブリーダーの元から血統であるMuluki Faroukが加わり、これまでに約100頭近くのスムース・サルーキーが国内で生まれているが、いずれも片親のみがスムースタイプであり、両親ともにスムースタイプのブリードはいまだ行われていない。
そしてどのスムース・サルーキーもイラクからの血を受け継いでいる。

ショーリングの上でスムースタイプは短毛がゆえにフェザータイプよりも厳しく採点される。
耳の付き方や胸の深さ、足指の長さなどフェザータイプでは飾り毛に隠されているために、スムースタイプでは見た目に少し違った印象を与えがちで、結果としてよりスタンダードに沿って審査が行われる。
もちろんそこにジャッジの経験も加わるため、ジャッジ自身がスムースタイプを見る目が養われていなければならない。

遺伝学的に毛色を決める遺伝子が多く存在する中、毛の質を決める遺伝子はひとつであり、このひとつの遺伝子によりサルーキーがフェザータイプであるか、スムースタイプであるかが決まる。
そしてサルーキにおいてスムースタイプの遺伝子は優性として遺伝するので、たとえ飾り毛の少ないフェザータイプのサルーキーでも「4分の1スムースタイプが現われている」などという中途半端な表現型などではなく、明らかにこの場合フェザータイプのサルーキーである。
飾り毛の長さは毛質を決める遺伝子の他に存在する「飾り毛の長さを決める遺伝子」によって左右され、また毛質の遺伝においては「白または黒(長いか短いか)」どちらかである(=中途半端な長さはない)ということを忘れてはいけない。

このことより、スムースタイプのサルーキーが生まれるためには少なくとも片親がスムースタイプであること、また両親犬が表現型としてスムースタイプであっても遺伝子型としてフェザータイプ(劣性)を持ち合わせる場合、生まれた仔の中にフェザータイプが出てくる可能性があること、そしてスムースタイプを両親として生まれたフェザータイプのサルーキーからはスムースタイプは生まれないことがいえる。

しかし米英さらにフィンランドのスムースタイプ・ブリードの中にはフェザータイプの両親犬から生まれたスムースタイプのサルーキーがいる。
これは一連の遺伝子の突然変異(ミュータント)として例外視され、またこの突然変異性は自然界でもショートヘア・アフガンハウンドなどのように極稀に見られる現象である。
ちなみにこれまでに登録されているドイツ国内五千頭以上のサルーキーブリードの中でも一度も見られたことのない例である。

スムース・サルーキーはフェザータイプに比べ極度に短いシルクのような被毛とそして少し太めの短い被毛を持ち合わせる。
全身を短い被毛で覆われているためにスムースタイプでは快適と感じる温度がフェザータイプよりも少し高い20度以上であり、動かずにジッとしている状況ではすぐに震えだし、春先のオープンエアーでのショーリングなどでは寒さから膝や背中が丸くなり審査にマイナスポイントを与えかねない。

またスムースタイプを繁殖に用いる場合、その存在数の少なさから将来的に受け継がれる犬種としての特徴や血縁に欠点があってはならず、ブリーダーにはフェザータイプ以上の責任がのしかかってくる。
ブリーダーは最低条件として犬の両親犬とその先祖を直接目にすることまたは少なくとも写真や映像で見てその犬の血統と骨格の健全性を確認しなければならず、同じ短毛サイトハウンド犬種のスルーギーやアザワクとは明確に一線を引いた特徴を備えることを忘れてはいけない。
(これはスルーギーとアザワクのブリーディングにもいえることで、それぞれ犬種として骨格の形成が大きく異なるのである)



2006.08.21.Mon スムース・サルーキー 1

サルーキーにはフェザータイプとスムースタイプの2つのバリエーションがある。
フェザータイプは耳・前肢・後肢そして尻尾に飾り毛を持ち、
スムースタイプはこれらの飾り毛がない全くの短毛である。

世の中の多くのサルーキー・オーナー達はこの歴史的に重要な役割を果たすスムースタイプの存在をあまり知ろうとはせず、時には理解しがたいものとされてきた。

スムースタイプは現在ではAKC、KC、そしてFCIのスタンダードにおいて統一的に「(解剖学的)特徴はフェザータイプと同様であるが、飾り毛を持たない」とされている。
勘違いしてはいけないのは、スムースタイプとは遺伝的にフェザータイプとは異なる表現型の一つであり、決して「飾り毛の少ないフェザータイプ」のことではない。
もしも耳の上部半分のみ長めの毛で覆われている場合、それはただ単に「飾り毛の不十分なフェザータイプ」と表現されるのである。
欧米先進国にある「飾り毛は長ければ長いほど美しい典型的なサルーキー像である」という奇妙な先入観のおかげで、原産国周辺では圧倒的にスムースタイプの個体が多いのにもかかわらず、スムースタイプはこれまであまり愛好者を増やす機会がなかったといっても良いだろう。


70年代当時、スムースタイプはその知名度と認識の低さから先進国進出のチャンスを大きく逃した。
オリエンタル系の短毛サイトハウンド種を好む人間はスムースタイプの存在に気が付かず、同時に近縁種であるスルーギーとアザワクの輸入に力を注いだのだった。
その甲斐あって2003年にはスルーギーの累計1230頭、アザワクでは550頭がドイツ・サイトハウンド協会に登録されている。
USAではいまだにスルーギーとアザワクの犬学的な区別論争が治まり切らない事から、これら二つの犬種の繁殖はあまり盛んに行われていない。
しかしフィンランド、スゥエーデン、ノルウェーの北欧諸国では20世紀後半に行われた検疫制度の改正に伴い、これらの新犬種を原産国から導入することに懸念を示し、同じくオリエンタル系のサイトハウンド種として既存のサルーキーの短毛種(スムースタイプ)を選んだ。

       Smooth 1

        CH Zandokhan Sawahin

Serona Kelb、これがイギリスKCにおけるサルーキーのスタンダードの元になった犬の名である。
あまり知られていないことだがSerona Kelbは飾り毛の豊富なブチ模様の父犬とちいさなグリズルカラーのスムースタイプの母犬から生まれた。
このことからだろう、イギリスKCは当初からサルーキーのスムースタイプについてスタンダードの中で言及していた。

Serona Kelbはシリアの生まれである。
しかしサルーキーの原産諸国である中近東からいくらスムースタイプの情報が先進国に流れてきたところで、これらを管理している正式なスタッドブック(繁殖の記録)がこれらの国々にはなかった。
現在先進国の中でスムースタイプはUSAをはじめスカンジナビア諸国、イギリス、オーストラリアで繁殖され、15年ほど前からフランス、チェコ、スイスそしてドイツなどのヨーロッパ諸国でも(再び)その姿を見かけるようになった。

上記で(再び)と書いた理由には、記録によると1929年にすでにドイツに数頭のスムースタイプが原産諸国から輸入されていたという記録があったからだ。
当時スムースタイプであることの表記が統一されていなかったため、確認できるだけで4頭ほどのスムースタイプがいるが、実際にはもっといたであろうと考えられる。
4頭のうち3頭はイランから、もう1頭はバーレーンからの輸入である。
これらのサルーキーたちは特に繁殖に用いられることなく、その記録が途絶えている。

イギリス、スカンジナビア諸国とUSAにおけるスムースタイプの歴史を辿ってゆくと、Sedeki Talataとその母犬Sedeki Mazuri Varahに行き着く。
TalataのブリーダーはDon WiedenというSedeki犬舎の持ち主であり、スムース・サルーキー・ブリードの創始者といっても良いだろう。
1962年に彼は犬舎最初のスムースタイプMazuri Varah(レッド♀)をイギリスの有名犬舎Mazuriから譲り受け、その後彼のブリードしたスムースタイプは世界各国のスムースタイプブリードの基盤となった。
Mazuri犬舎はGwen Angelをオーナーとするイギリス最古のサルーキー・ブリーダーのひとつに数えられ、Don Wieden以前にスムースタイプを飼っていた。
また1920年代当時イギリス軍将校の F. Amherstと旅団総長Lanceによりサルーキーという犬種がイギリスに輸入された際、少なくとも両者のうちどちらかがスムースタイプを連れていたという記録もある。

       Smooth 2

        left: Multi-CH Yazarah Sawahin
right: CH Zandokhan Sawahin


Sedeki Talata、♀、1965年3月18日生まれ、レッド、スムースタイプ。
 父犬: Sedeki Mazuri Badeschah、ブラック&ホワイト・パーティー、フェザータイプ
 母犬: Sedeki Mazuri Varah、スムースタイプ

Badeschahの母方祖父母はいずれもスムースタイプであり、父母ともに1957年にイランの富豪からHenderson家への贈物としてイギリスへ輸入された。

Varahの父方曾祖母はイラン出身であるが、Badeschahの祖父母とは血縁関係にない。

Badeschahの両親はイギリスで初めてのスムースタイプのチャンピオンサルーキーKumasi Kommandanを生み出し、このKumasi Kommandanは当時のコーシングフィールドにおいてもズバ抜けた成績を残し、さらにショーにおいてBOBを手にした。

Sedeki Talataとその母犬Sedeki Mazuri Varah、そしてCH Kumasi Kommandan。
イギリスにおけるスムースタイプの歴史はこの2つのラインから始まった。

(つづく)




1/1