サイトハウンドについてまじめに考えるブログ
2006.06.12.Mon 原産国のサルーキー

いろんな犬図鑑にサルーキーの原産国はエジプトだの、サウジアラビアだの、イランだのといろいろなことが書かれているが、果たしてどこが本当の原産国なのだろうか?と頭をひねる人がいるかもしれない。

実際にはこれらの国はすべて原産国である。

サルーキーの歴史はとても古く5千年とも7千年とも言われ、
狼からかなり早い時期に分離した犬はサルーキーとして独自の発展を見せた。
東はカザフスタンから西はモロッコまで、アラブ諸国全土でこの犬は飼われ、
そして持ち前の視力の良さと俊足と持久力で家族の食卓を支えた。

アラブ人にとってこの犬は生きてゆく上で欠かせない狩猟のための武器であり、
そしてその静かさからそのほかのけたたましい犬とは一線を引き、アラブ人はサルーキーを犬ではなく
「アラーの神からの贈物」と称し、家長の隣で寝起きすることを許した。
(一方では家長は家族のものの中で特に女性に関しては必ずしも信用をおいてなかったともいえ、またいつの時代もどの国でも狩猟が男性の仕事である事から猟に必要な「道具」としてのサルーキーの管理は家長自らもしくは男家族により行われてきた)
このようにサルーキーはアラブ人の間では「高価なもの」として代々扱われ、決して金でやり取りされる商品などではなく、サルーキーの譲渡は特別な状況下でのみ行われてきた。
たとえば恩人に感謝の気持ちとして、時には貴族に取り入るために最上級の贈物として、サルーキーは家族の女性たちよりも上に位置づけされ「サルーキーを手渡すくらいならば、娘をやったほうがましだ」とまで言われるほどであった。

厳密に言うとアラブ全土では「サルーキー」とは一般に「サイトハウンド」と同じ意味で使われ、必ずしもFCI公認の犬種「サルーキー」と一致するとは限らない。
ある地域ではアフガンハウンドをサルーキーと呼んだり、スルーギーをサルーキーと呼ぶことが一般である。
またこれらの犬種はそれぞれ昔から掛け合わされることもあり、カザフスタンのアフガンハウンド→ステップ型→ショートヘア・アフガン→タイガン→サルーキー→スムース・サルーキー→モロッコのスルーギーというように西から東に向けて犬種の違いは緩やかな変化を見せ、また犬種の特徴は地理的・気候的条件と一致するのである。

これらのことより古代遺跡の中に多く見られるサルーキーの姿は必ずしもサルーキーではなく、当然スルーギーであったりもするのである。

とりあえずここではFCIで言う「サルーキー」について話を進めよう。

サルーキーが砂漠の遊牧民ベドゥイン族にとってなくてはならない存在であったことは周知の事実だが、実際にベドゥイン族の元で見られるサルーキーたちはヨーロッパやアメリカそして日本などで見られるサルーキーとは外見的に少し違っている。
全体的に飾り毛が少なく(またはスムースが多く)、体格も色もとにかくバリエーションに富んでいるのである。

世界的に見るとこれらの原産国からのサルーキーをコンスタントに輸入している国はドイツ以外には見られない事実がある。
ドイツでは輸入サルーキーの合計がこれまでに160頭以上にものぼり、輸入サルーキー第二位のフランスでは17頭でしかない。
ドイツへの輸出国の第一位はイラン、第二位がサウジアラビア、そのあとトルコ、イラクと続いている。(注釈:ドイツには原産国からの輸入サルーキーを多く手がけているイラン人のブリーダーがいる)
その他の欧米諸国ではどうしているかというと、原産国からドイツに輸入されたサルーキーの子や孫を輸入しており、先進諸国同士でまた血の交換を行っているのだ。
このような現象が起こる背景には、サルーキーの評価が原産国で異なっていることがある。

原産国でのサルーキーは基本的に狩猟のための「道具」であるから、当然犬の持つ能力が問われる。
足が速く、長時間獲物を追いかけることができる強靭な体力を持ち、熱い砂漠の上や険しい道を長い時間走っても傷まないパッドそして獲物を瞬時に発見できる視力、獲物をあきらめることなく最後まで追い詰める狩りへの情熱、病気を知らない健康な体とメスの場合は多産であること、これらを持ち合わせたサルーキーは原産国で「最も美しい」と称され、ほぼ強制的に外見上も美しいといわれざるを得ないのである。

言い換えれば先進国にあるような犬種の外見上のスタンダードというものはここでは全く意味を持たず、飾り毛が少なかろうが尾の先が巻いていようが、毛色がブルーであろうが、その犬の持つ能力こそが第一なのである。
こういった経緯があって前述したようなバリエーションがこれら原産国には存在するのである。
しかしこの歴史的なバリエーションは先進国の犬種スタンダードに必ずしも一致するとは言えず、ドッグショーで評価させるのは難しい。

犬種の歴史あってこそのスタンダードであるはずが、1920年代にほんの数頭サンプルとしてヨーロッパに連れてこられた最初のサルーキーの外見を参考にしたがためにスタンダードは全体を見ずして出来上がってしまった。
それから後何度か改正されるものの先進国のサルーキーは原産国のサルーキーとは全く別のものになり、はっきりいうと本末転倒なのである。

先進国の言い分は「先進国の生活体系にあったサルーキーのブリード」で、「都市型の生活には狩りへの情熱はいらない」という。

多くの先進国ではドッグショーの成績(外見上の美しさ)重視によるあまり犬の本質と健康性を見抜きづらく、将来的に大変危険である。
先進国のドッグショーで成績を得づらい原産国出身のサルーキーはドイツでは主にレースやコーシングで活躍しており、これらの能力を持って繁殖許可を得ることができるようになっている。
先進国のサルーキーの将来を考えれば原産国からの輸入は必須であり、繁殖への評価として当然であるとドイツは考える。

ドッグショーといえば先日面白い話を耳にした。
今年アラブ首長国連邦のドゥバイでドッグショーが行われたが、サルーキーの出頭数は原産国にもかかわらずたったの3頭。
見た目に先進国と変わりないこの3頭、それもそのはずオーナーがすべてヨーロッパ人であった。
そしてそのサルーキーたちのリングサイドにはたくさんのサルーキー連れアラブ人が観戦をしていた。
アラブ人たちは自分のサルーキーをショーに出したりはしない。
ショーというものに何の意味合いをも見出さないからだ。
しかしアラブ人は好奇心旺盛な人種なのである。

彼らはお互い知り合うときに「お前のサルーキーを見せろ。そしたらお前がどんな奴か言ってやるよ」と言う。
アラブ人にとってサルーキーとは切っても切り離せない自分の一部なのである。

余談だがサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)では国を挙げてサルーキーの保存に取り掛かっている。
これらの国にとって国犬ともいえるこの犬種、日本ならば特別天然記念物とでも言うところだろう。

またUAEの首都アブダビの近くにはアラビアン・サルーキー・センターというサルーキーの繁殖場がある。
これを運営するHamad Al-Ghanem氏は4世代にわたりアラブ馬とサルーキーのブリーディングを手がける家族の中で育った。
サルーキーとともに育ち、サルーキーを知り尽くしたこの人間は、資本主義に揺れ動き変化してゆく世の中でサルーキーの将来を懸念し、家業に国のバックアップを受けてセンターを創った。
ここでは年間40頭程のサルーキーが生まれ、そしてトレーニングを受け国内だけでなく先進国へも譲渡されている。
もちろんここでは伝統にのっとりお手軽なドッグフードなどというものは与えておらず、専用のキッチンには過去国内の5つ星ホテルのレストランで働いていたという調理人がサルーキーの食事を作っている。

昔からここでは「サルーキーの食わないものは人間も食わないほうが良い」というそうだから、
アラブ人にしてみれば当然なのかもしれない。

センターのHPでは数々のサルーキーが自然のまま映し出されている。
この光景はきっと何千年前も変わらないのだろう。
ここでは時間がゆっくり過ぎてゆくのである。


| 20:08 | comments(4) | Saluki |

2006.04.27.Thu 数字でみる世界のサルーキー

今回はサルーキー頭数を世界各国で比較してみた。

頭数はあくまでも各国のサルーキーを管理している家庭犬協会に登録されたものだけを対象にしており、その国で生まれた仔犬の頭数と輸入により新規登録された頭数を合わせたものである。

各国の家庭犬協会とは
 日本:ジャパン・ケンネル・クラブ(JKC)
 アメリカ:アメリカン・ケンネル・クラブ(AKC)
 イギリス:ザ・ケンネル・クラブ(KC)
 ドイツ:ドイツ・サイトハウンド・ブリード&レース協会(DWZRV)
 フィンランド:フィニッシュ・サルーキー・クラブ(FSC)
で、それぞれサルーキーの血統書管理を行っている機関である。

99年から2005年までの7年間の登録数は以下の通り。
Salukizahl der Welt
この統計で一目瞭然なのは日本のサルーキー登録数がこの6年間で2倍以上に増えていること。
もちろんこの統計に表れない無登録の繁殖だってあるだろう。
しかし全犬種の合計登録数が同じ6年間でわずか30%の伸びであると言うのに、サルーキーは2倍以上に増えているのだ。

この統計がいったいどういった意味を示すか、よく考えて欲しい。

日本以外の上記4カ国ではサルーキーの繁殖に関する条件がクラブで定められており、登録数(おもに繁殖による)の著しい増加は見られない。

日本のこの急激な登録数の増加は一概に繁殖に関する条件の定められていない現状にペットブームが伴い、素人または業者繁殖によるものと言っても良いのではないか?

さて、狭い島国で繁殖される大量のサルーキーだから、ここまでくると貧しい遺伝子プールが懸念される。
日本へのサルーキーの輸出に関してデータを見ると、サルーキーを1900年代に原産国から初めてヨーロッパへ導いたイギリスは少なくとも過去10年間において日本へのサルーキーの輸出は行っていない。
ドイツからも当然日本へのサルーキーの輸出など一度もない。
フィンランドの統計はまだ目にしていないのでなんともいえないが、ましてや原産国からのサルーキーの輸入など遠い夢話くらいにも思われているかもしれない。

おそらく日本が「海外からの血」として受け入れているのはアメリカからであると思われるが、アメリカのサルーキーを唯一の繁殖交流相手として選ぶだけではサルーキー本来の健康さは保てない。
というのもアメリカではすでにサルーキー乱繁殖の兆候が出始めているからだ。
今のままの状態を改善しなければ、日本のサルーキーの将来に不安が募るばかりである。


| 00:33 | comments(13) | Saluki |

2006.04.06.Thu サルーキー向きの人間とは?

サルーキーをどこかで見かけ、その外見や話に惹かれいつしかサルーキーを飼いたいと思い始めた人にはよくよく読んで欲しい。
いろんな考えと思いの末、考えなくてはいけないのは「果たしてサルーキーは万人向きか?」という疑問である。
ドイツのブリーダーたちは口をそろえて「NO!」と答える。

では逆に「サルーキー向きの人間」とはどのようなものか?
犬と人間が満足ゆく関係を持つために、サルーキーは何をしなければならないのか?
そしてサルーキーは何を期待し、どこに落ち着かなければならないのか?

「サルーキー向きの人間とは?」という質問に対するDWZRVのブリーダーアンケート結果を参考に考えてみた。

『時々サルーキーの飼い主でサルーキーの持つ自立心と服従性のなさを問題として抱えている人がいるが、そのようなことを犬に対して絶対条件として掲げるのであればサルーキーは全くの選択ミスである』

サルーキーは本来原産国での歴史的飼育条件から自由を好む犬種であり、
必要運動量も多く、またどんなに広い庭で遊ぶことができてもけっしてそれだけでは満足しないのである。
柵で囲われた庭は所詮「庭」であり、外界と遮断されていることをサルーキーは気付くのだ。

『サルーキーは感情移入できる、敏感な、そして精神的にバランスの取れた人間にのみ譲渡するべきである。サルーキーに対して使役犬のような性質を期待せず、パートナーとして一緒に過ごす時間を純粋に喜びとしている人間が良い。』

サルーキーは飼い主の感情の変化に敏感である。
飼い主にも同じくサルーキーの敏感さに対応した性格が要求されるのだ。
ただ単に幸せ家族の象徴として片手間に犬を飼いたいなら別の犬種を選ぶべきである。

『サルーキーはけっして他犬種のようにしつけが容易な犬種ではない。しかし何人たりともサルーキーの持つ欲求を打ちのめしてはならず、むしろ彼らの誇りと気ままさに敬意を示すべきである。』

かの昔、自尊心の強さを美の評価の一部としてサルーキーは原産国でセレクトされてきた。一方で服従性を示すサルーキーは自己判断で狩をすることができないため必ずしも良しとされなかったのである。アラブ人たちが狩りに必須なこのジャンルの犬(サイトハウンド)を「犬」とせず、「アラーの贈物」として自分達と同じ目線に置き尊重してきた経緯を忘れてはいけない。自尊心のないサルーキーはただの不満を抱えた犬である。
力づくでのしつけ方や彼らの欲求に見合わない報酬には不服を示すのが当然なのだ。

『飼い主として時々サルーキーを自由に走るチャンスを与えるべきである。サイトハウンドの心は走りたがっているということを忘れてはならない。』

彼らは走るために生まれるのである。
彼らの体は早く走るために流線型を描き、走りに邪魔な脂肪を蓄えない代謝系を持ち、そして疾走することにより脳内に満足感が浸透するのである。
そんな彼らの至福の走りに魅了される人間が多いのも当たり前の話であろう。
サルーキーに走るチャンスを与えないということは死よりも辛い獄中での終身刑に値し、明らかな虐待であるということを自覚するべきだ。
サルーキーにとって自由に走るということは何よりも、飼い主から一身に注がれる愛情に匹敵する最高のご褒美であるということを忘れてはいけない。

『サルーキーを飼うことには多大な精通した知識と寛容な心が要求される。』

サルーキーを飼うならそれなりに勉強しろ、ということ。
特に一度でも自分のサルーキーに子供を産ませたいと思っているなら当然のことだろう。
自分の犬を客観的に見ることができなければ繁殖はただの無知による無恥な行為であるから、絶対に手を付けてはならない。

『できるだけ既存のカテゴリーに当てはめるのではなく、個性の存在を認め尊重するべきだ』

巷に出回っている「犬のしつけ本」から手を引いて欲しい。
犬は工業製品ではない。
ましてや犬を自分の手下くらいに思っているなら、サルーキーを選んで欲しくはない、壊れた関係が出来上がるのが目に見えているから。
サルーキーは「呼び戻し」が覚えられないのではなく、「自分の意思を無視して飼い主の勝手気ままに呼び戻されたくない」のだ。

『サルーキー向きの人間とは、サルーキーを愛するがゆえに街の生活を捨てて田舎へと引越し、サルーキー向きの家を購入したり、休暇の予定もサルーキーを最重要考慮要因として立て、ソファをサルーキーのために提供し、そして自分の人生をこの華麗な犬種にささげたいと熱望する人間...ここまで来ればサルーキーを受け入れる絶好のタイミング、毎日彼らのことばかり考えていられる夢のような人生の始まりである。』

原産国で何千年もの間いかにこの犬種が大事に飼われてきたか想像して欲しい。
それはけっして人間の感覚で「大事=甘やかし」てきたのではなく、あくまでもサルーキーの持つ性質を尊重し「共生」してきたのである。
サルーキーをはじめとする「犬」たちは本来持つ性質にあった生活状況を得る権利があるとドイツの動物保護法は認めているように、人間の一方的な条件下で生きることを強要してはいけない。

サルーキーと飼い主との良い関係はすべて飼い主次第である。
今の自分が置かれている状況や自分の性格をしっかり判断することが犬種選択の第一歩、サルーキーの寿命は12年以上といわれるから無理をしていては到底持続しないのがオチである。
どこかに無理が生じると感じた時点でサルーキーをあきらめる気持ちもまたサルーキーを愛するがゆえであることを忘れてはいけない。

そしてすでにサルーキーと一緒に暮らしているならば、どうか彼らの幸せのために努力を惜しまないで欲しい。


| 22:01 | comments(14) | Saluki |


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